FEATURE

都市そのものが展示空間
アートで巡るカタール・ドーハ

アートフェアから始まる、都市とアートの旅へ|アート・バーゼル・カタール【後編】

アートフェア

ジャン・ヌーヴェル設計のカタール国立博物館。砂漠の結晶「デザートローズ」を思わせる建築の向こうに、ドーハの近代的なスカイラインが広がる。matpit73 - stock.adobe.com
ジャン・ヌーヴェル設計のカタール国立博物館。砂漠の結晶「デザートローズ」を思わせる建築の向こうに、
ドーハの近代的なスカイラインが広がる。matpit73 - stock.adobe.com

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構成・文:藤野淑恵

アートフェアから始まる、都市とアートの旅へ|アート・バーゼル・カタール【前編】

カタールの首都ドーハを歩くと、世界的な建築とアートが集積する都市の文化的スケールに驚かされる。I.M.ペイ設計のイスラム美術館、ジャン・ヌーヴェルによるカタール国立博物館など、世界的建築家によるミュージアムが都市のランドマークとして点在する。さらに空港や公共空間には質の高いパブリックアートが配置され、街の風景の一部となっている。
アートフェアを起点に街を巡ると、フェア、美術館、パブリックアートが連続するドーハという都市そのものが、一つの巨大な展示空間のように立ち上がってくる。

世界的建築家が手がけた二つのミュージアム 。
イスラム美術館とカタール国立博物館

ドーハを訪れたアート愛好家がまず足を運ぶべき場所がある。イスラム美術館(Museum of Islamic Art)とカタール国立博物館(National Museum of Qatar)だ。いずれもカタールの文化・芸術を象徴するミュージアムであり、建築そのものが高い評価を受けている。海洋都市ドーハにある世界的な建築家による二つのミュージアムは、展示内容はもとより、美術館建築そのものが芸術作品だ。

I.M.ペイ設計。世界最高峰のイスラム美術コレクション
イスラム美術館|Museum of Islamic Art

海と空のあいだに浮かぶように建つイスラム美術館の幾何学的建築。設計はI.M.ペイ。Courtesy of Qatar Museums
海と空のあいだに浮かぶように建つイスラム美術館の幾何学的建築。設計はI.M.ペイ。Courtesy of Qatar Museums

イスラム美術館を設計したのは、ルーヴル美術館のガラスのピラミッドで知られる建築家I.M.ペイ。設計にあたり、ペイはイスラム建築を深く理解するため中東各地を訪れ、歴史的建築を自らの目で研究したという。ドーハ湾に浮かぶ人工島に建つ建物は、イスラム建築の幾何学的な造形を現代建築として再解釈したもので、完成以来、世界の美術館建築の名作の一つに数えられている。

《噴水のヘッド(ドーハの雌鹿)》 スペイン、マディーナト・アル=ザフラー、10〜11世紀。宮殿庭園の水盤を飾ったとされる動物彫刻で、イスラム美術館の名品のひとつ。編集部撮影
《噴水のヘッド(ドーハの雌鹿)》 スペイン、マディーナト・アル=ザフラー、10〜11世紀。
宮殿庭園の水盤を飾ったとされる動物彫刻で、イスラム美術館の名品のひとつ。編集部撮影

ドーハ湾に浮かぶように建つこの美術館は、I.M.ペイが90代にして手がけた代表作のひとつ。幾何学的で静謐な外観と、光を巧みに取り入れた内部空間は、展示される美術品と同様に高い完成度を誇る。館内には7世紀から19世紀にかけてのイスラム世界の美術が収蔵され、書や写本、金属工芸、陶磁器、ガラス、宝飾、テキスタイルなど、広大なイスラム文化圏の高度な造形文化を伝える作品が並ぶ。宗教的装飾にとどまらない幾何学文様や書の美学、職人技術の精緻さは、イスラム文明の豊かな芸術的伝統を物語る。

イスラム美術館の中央アトリウム。幾何学的な天窓から差し込む光が、I.M.ペイによる建築空間の静謐な美しさを際立たせる。編集部撮影
イスラム美術館の中央アトリウム。幾何学的な天窓から差し込む光が、I.M.ペイによる建築空間の静謐な美しさを際立たせる。編集部撮影

またこの美術館は、アート・バーゼル・カタール期間中の重要な舞台の一つとなった。会期中には建物の外観をジェニー・ホルツァーのインスタレーションが彩り、フェアのプレビュー前夜にはVIPを招いたレセプションも開催された。コレクターや関係者を招いたブレックファストイベントも行われ、文化都市ドーハを象徴する場所として存在感を放った。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Museum of Islamic Art(イスラム美術館)
住所:Off Al Corniche St, Doha 2777, Qatar
https://mia.org.qa/en/

歴史と未来をつなぐミュージアム。ジャン・ヌーヴェルによる圧倒的な造形
カタール国立博物館|National Museum of Qatar

デザートローズをモチーフにしたカタール国立博物館の外観。ジャン・ヌーヴェルの建築そのものがアート作品といえる。Courtesy of Qatar Museums
デザートローズをモチーフにしたカタール国立博物館の外観。ジャン・ヌーヴェルの建築そのものがアート作品といえる。
Courtesy of Qatar Museums

一方、カタールの首長王族・サーニー家の旧宮殿があった場所に建てられたカタール国立博物館の建築は、フランスの建築家ジャン・ヌーヴェルが手がけた。砂漠で自然に形成される結晶「デザートローズ」の造形をモチーフに、無数の円盤状の構造体が重なり合う大胆な建築は、遠くから見ると巨大な彫刻のようにも見える。2019年の開館以来、その圧倒的なスケールと造形は世界の建築界でも大きな話題を呼んできた。実際に建物の周囲を歩くと、幾重にも重なる巨大なディスクが生み出す空間に圧倒され、建築体験そのものがこのミュージアムの大きな魅力となっている。

カタール国立博物館の展示風景。編集部撮影
カタール国立博物館の展示風景。編集部撮影

館内では、カタールの自然環境から遊牧文化、真珠産業、そして石油発見以降の急速な近代化まで、国家の歴史が没入型の展示によって語られる。映像や音響を組み合わせた展示は、単なる歴史紹介にとどまらず、国の記憶を体感的に辿る構成だ。中でも興味深いのは、かつて世界有数の天然真珠の産地だったカタールが、20世紀初頭に御木本幸吉による養殖真珠の成功によって大きな打撃を受けたというエピソード。日本人にとっても意外な歴史の接点を知ることができる。また館内には、フランスの料理人アラン・デュカスが監修するレストラン「JIWAN」も併設されており、伝統的なカタール料理を現代的にアレンジしたメニューを楽しむことができる。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
National Museum of Qatar(ナショナル・ミュージアム・オブ・カタール)
住所:Museum Park Street, Doha, Qatar
https://nmoq.org.qa/en/

都市の記憶を保存するムシェイレブ博物館
ムシェイレブ博物館|Msheireb Museums

ムシェイレブ博物館のビン・ジェルムード・ハウス。かつて奴隷商人の邸宅だった歴史的建築を修復したもの。編集部撮影
ムシェイレブ博物館のビン・ジェルムード・ハウス。かつて奴隷商人の邸宅だった歴史的建築を修復したもの。編集部撮影

アート・バーゼルの会場となったM7に隣接するムシェイレブ博物館(Msheireb Museums)は、急速に近代化したドーハの都市の記憶を丁寧に掘り起こす文化施設だ。ムシェイレブ地区に残された4つの歴史的住宅を修復し、カタール社会の変化や都市の歴史をテーマごとに紹介している。それぞれが異なる視点からカタールの近現代史を語るが、なかでも印象的な施設が「ビン・ジェルムード・ハウス」だ。

かつて奴隷商人の邸宅だったこの建物では、歴史を通じて存在した奴隷制度とその社会的・経済的影響を検証する展示が行われている。奴隷の子孫による証言や映像資料を含む視聴覚コンテンツは、湾岸地域の歴史の一つの側面を率直に伝えている。一方、かつてカタール初の石油会社の本社だった「カンパニー・ハウス」では、石油産業の発展を支えた人々の物語が紹介されている。労働者たちの映像や証言を通して、石油発見がもたらした社会の変化を知ることができる。

アート・バーゼル・カタールのプロジェクトとしてムシェイレブ博物館のモハメッド・ビン・ジャシム・ハウスに設置されたレイヤン・タベットのインスタレーション「What Dreams May Come」。編集部撮影
アート・バーゼル・カタールのプロジェクトとしてムシェイレブ博物館のモハメッド・ビン・ジャシム・ハウスに設置されたレイヤン・タベットのインスタレーション「What Dreams May Come」。編集部撮影

近代カタールの建国者の息子であるシェイク・モハメド・ビン・ジャシム・アル・サーニによって建てられた歴史的建造物「モハメッド・ビン・ジャシム・ハウス」では、アート・バーゼル・カタールの会期中、レイヤン・タベットのインスタレーションが設置された。アーティスティック・ディレクターのワエル・シャウキーが掲げたテーマ「Becoming」を探求したこの作品には、天然と人工のヤシの葉で覆われた二つの円形構造が交差する空間が広がり、訪れる人々を内省的な世界へと誘っていた。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Msheireb Museums(ムシェイレブ博物館)
住所:Msheireb Downtown Doha, Doha, Qatar
https://msheirebmuseums.com/en/

現代アラブ美術の核心へ。
マトハフ・アラブ近代美術館とファイヤー・ステーション

現代アラブ美術の文脈を理解するうえで欠かせない二つの拠点、マトハフ・アラブ近代美術館(Mathaf: Arab Museum of Modern Art)とファイヤー・ステーション(Fire Station: Artist in Residence)にも足を運びたい。この二つの施設を巡ることで、ドーハが単に文化資本を輸入する都市ではなく、地域の芸術的実践を支え、次世代へとつなげようとしていることが見えてくる。

アラブ近代・現代美術を体系化した美術館
マトハフ・アラブ近代美術館|Mathaf: Arab Museum of Modern Art

フランスの建築家ジャン=フランソワ・ボダンによって改修設計されたマトハフ・アラブ近代美術館。Courtesy of Qatar Museums
フランスの建築家ジャン=フランソワ・ボダンによって改修設計されたマトハフ・アラブ近代美術館。Courtesy of Qatar Museums

カタール財団の教育都市(Education City)内に位置するマトハフ・アラブ近代美術館は、アラブ世界の近代・現代美術に特化した世界有数の美術館。そのコレクションは、20世紀初頭から現在に至るまでのアラブ地域の芸術運動を網羅し、単なる地域美術の紹介を超えた体系的な再評価を行っている。植民地主義、ディアスポラ、宗教、政治といったテーマが横断的に扱われ、アラブ近代美術をグローバルな美術史の中に位置づけ直す。建築はフランスの建築家ジャン=フランソワ・ボダンによる改修設計。かつての倉庫建築を転用したシンプルな空間が、作品と向き合うための落ち着いた環境を生み出している。

マトハフ・アラブ近代美術館のエントランスで展示された映像作品を含むインスタレーション、『Autorretrato(自画像)』。アルゼンチン出身のアーティスト、ガブリエル・チャイレによる作品。編集部撮影
マトハフ・アラブ近代美術館のエントランスで展示された映像作品を含むインスタレーション、『Autorretrato(自画像)』。アルゼンチン出身のアーティスト、ガブリエル・チャイレによる作品。編集部撮影

アート・バーゼル・カタールの会期中には、開館15周年を記念した展覧会「we refuse_d」が開催されていた。表現の自由やアーティストの役割を問い直すこの展覧会は、検閲や政治的分断の時代において創作を続ける作家たちの姿勢を示すもので、現代アラブ美術の現在地が強く印象に残る展示内容だった。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Mathaf: Arab Museum of Modern Art(マトハフ・アラブ近代美術館)
住所:Education City, Doha, Qatar
https://mathaf.org.qa/en/

アーティストを支える創造拠点
ファイヤー・ステーション|Fire Station: Artist in Residence

ファイヤー・ステーションの建物はかつての消防署を改修したもの。Courtesy of Qatar Museums
ファイヤー・ステーションの建物はかつての消防署を改修したもの。Courtesy of Qatar Museums

一方、ドーハ中心部に位置するファイヤー・ステーションは、かつての消防署を改修したアーティスト・イン・レジデンス施設。若手から中堅のアーティストが一定期間滞在制作を行い、その成果を一般公開するプログラムを展開している。旧消防署の建物を活かした展示空間は、完成作品だけでなく制作プロセスそのものを可視化する場として機能している点が特徴だ。ここでは、アーティストの試行錯誤の痕跡や実験的な取り組みに出会えうことができる。

ファイヤーステーションのガレージ・ギャラリーで開催されたチョン・ソヨンの展覧会「Endless Facts」の展示風景。編集部撮影
ファイヤーステーションのガレージ・ギャラリーで開催されたチョン・ソヨンの展覧会「Endless Facts」の展示風景。編集部撮影

アート・バーゼル・カタールの会期中には、複数の展覧会も同時開催されていた。ガレージ・ギャラリー(Garage Gallery)では韓国の作家チョン・ソヨンによる中東初の大規模個展「Endless Facts」が開催され、日常的な素材を用いた彫刻やインスタレーションが30年以上の活動を辿る形で紹介された。また施設内では、「あいちトリエンナーレ2019」のために委託制作されたホー・ツーニェンの映像インスタレーション《Hotel Aporia》や、光と音を素材とするハルーン・ミルザのインスタレーション展も展開され、歴史や記憶、知覚をめぐる多様な作品が空間全体に広がっていた。

アート・バーゼル・カタールが国際的な市場とネットワークを象徴する場だとすれば、ファイヤー・ステーションは多様な作家が交差する実験的な創造の場だ。ドーハにおけるアートのエコシステムが、制作と発表の両面から広がっていることを実感させる。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Fire Station: Artist in Residence(ファイヤー・ステーション)
住所:Mohammed Bin Thani Street, Doha, Qatar
https://firestation.org.qa/en/residency-programmes/artist-in-residence/

海辺の展示空間は 新たな国際芸術祭の舞台に。
アル・リワク・ギャラリー|Al Riwaq Gallery

アル・リワク・ギャラリーの外観。イスラム美術館に隣接するこの展示空間では、国際的なアーティストによる大型企画展が開催されてきた。Courtesy of Qatar Museums
アル・リワク・ギャラリーの外観。イスラム美術館に隣接するこの展示空間では、国際的なアーティストによる大型企画展が開催されてきた。Courtesy of Qatar Museums

イスラム美術館のすぐ隣、ドーハ湾に面して建つアル・リワク・ギャラリーは、カタール・ミュージアムが運営する大規模な企画展示スペース。美術館の常設コレクションとは異なり、ここでは国際的なアーティストによる大型展覧会やプロジェクトが定期的に開催されてきた。アート・バーゼル開催期間中には、イスラム美術館を設計した建築家I. M. ペイ(1917年~2019年)の初の本格的な回顧展であり、彼の70年にわたるキャリアを深く掘り下げた展覧会「I. M. Pei: Life Is Architecture」(香港のM+との共同企画)が開催されていた。

アル・リワク・ギャラリーで開催された「I. M. Pei: Life Is Architecture」の展示風景。メディアにおける評価や足跡を通して、I.M.ペイの軌跡をたどる。編集部撮影
アル・リワク・ギャラリーで開催された「I. M. Pei: Life Is Architecture」の展示風景。メディアにおける評価や足跡を通して、I.M.ペイの軌跡をたどる。編集部撮影

海に開かれた立地とシンプルな建築が印象的なアル・リワクの広々とした展示空間では、ダミアン・ハーストや村上隆、リチャード・セラといった国際的なアーティストによる大規模な展覧会も開催されてきた。巨大なインスタレーションやスケールの大きな作品の展示を可能にするホワイトキューブの空間は、ドーハのアート施策を象徴する舞台のひとつとなっている。

隣接するイスラム美術館が歴史的なイスラム美術のコレクションを通じて文化の系譜に触れる場所だとすれば、アル・リワクは現在進行形のアートを紹介するためのプラットフォーム。2026年11月には、カタール初の国際芸術祭となる4年に一度の展覧会「ルバイヤ・カタール」もこの場所で開催される予定だ。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Al Riwaq Gallery(アル・リワク・ギャラリー)
住所:Museum of Islamic Art Park, Doha, Qatar
https://qm.org.qa/en/visit/museums-and-galleries/al-riwaq/

アートと都市体験が融合する 海辺の複合拠点
カタラ文化村 | Katara Cultural Village

カタラ文化村内のカタラ・モスク (青のモスク)は内部の見学もできる。見学時間:08:00 - 18:00(非イスラム教徒の内部見学は礼拝時間外のみ。礼拝の15分前からは入館不可) 休館日:なし(金曜日は午後の礼拝のため一般見学の制限あり)露出の少ない服装が必要。Courtesy of Visit Qatar
カタラ文化村内のカタラ・モスク (青のモスク)は内部の見学もできる。見学時間:08:00 - 18:00(非イスラム教徒の内部見学は礼拝時間外のみ。礼拝の15分前からは入館不可) 休館日:なし(金曜日は午後の礼拝のため一般見学の制限あり)露出の少ない服装が必要。Courtesy of Visit Qatar

ドーハ北部の海沿いに広がるカタラ文化村は、野外円形劇場、ギャラリー、モスクなどを備えた大規模な文化複合施設。スーク・ワキーフのある旧市街とは対照的に、新たな文化地区として整備されたエリアであり、様々なイベントも開催される。施設のなかでも印象的なのが、トルコの女性建築家ゼイネップ・ファディログルが手がけた「カタラ・モスク」。青と金を基調としたペルシャやトルコのタイル装飾が外観を彩り、イスタンブールのドルマバフチェ宮殿に着想を得たという華やかな意匠が、周囲の建築群と鮮やかなコントラストを成している。

21ハイ・ストリートに新たに常設展示されたロレンツォ・クインの作品《Building Bridges》のライトアップ。「友情」「知恵」「助け合い」「信仰」「希望」「愛」という6つのメッセージが込められている。編集部撮影
21ハイ・ストリートに新たに常設展示されたロレンツォ・クインの作品《Building Bridges》のライトアップ。「友情」「知恵」「助け合い」「信仰」「希望」「愛」という6つのメッセージが込められている。編集部撮影

一方、ギャラリー・ラファイエット・ドーハを中心に高級ブランドのブティックやレストランが並ぶ「21ハイ・ストリート」エリアでは、パブリックアートが大きな存在感を放つ。通りをまたぐように設置されたロレンツォ・クインによる《Building Bridges》は、2019年のヴェネツィア・ビエンナーレで発表され注目を集めた作品で、2026年2月にこの地に常設された。6対の巨大な手がアーチ状に連なるこの彫刻の下では、行き交う人々が彫刻と同じように手を差し出し、作品を思い思いに撮影し鑑賞している光景が印象的だった。海に近いこのエリアは、日が落ちると照明に包まれ、散策する人々で穏やかな賑わいを見せていた。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Katara Cultural Village(カタラ文化村)
住所:Shakespeare St, Doha, Qatar
https://www.katara.net/en/

ドーハの文化と暮らしが交差する、スーク・ワキーフ
スーク・ワキーフ|Souq Waqif

スーク・ワキーフ・アートセンターでは地元のアーティストの作品が展示販売されている。編集部撮影
スーク・ワキーフ・アートセンターでは地元のアーティストの作品が展示販売されている。編集部撮影

アート・バーゼル・カタールの開催されたムシェイレブ地区からも程近いスーク・ワキーフは、古代の交易バザールの跡地に再建された中央市場。曲がりくねった路地にはショップやカフェ、レストランが軒を連ね、散策しながら土産物や骨董品、伝統工芸品を探すことができる迷宮のような場所だ。その一角にあるスーク・ワキーフ・アートセンターでは、地元アーティストや海外作家の作品が展示販売され、周囲には工房も点在。制作風景を見学したり、ワークショップに参加したりと、アートが日常に溶け込む場となっている。

市民や観光客で常に賑わう旧市街随一の集いの場だが、週末前夜にあたる木曜日の夜になると、その活気は頂点に達する。金曜日が休息日となるカタールでは、多くの人々がこの夜に集まり、広場やレストランは遅くまで賑わいを見せる。

スーク・ワキーフの厩舎ではラクダたちがのんびりと休息する様子を間近に見られる。編集部撮影
スーク・ワキーフの厩舎ではラクダたちがのんびりと休息する様子を間近に見られる。編集部撮影

カタールの伝統文化を身近に感じられるのもこの場所の魅力だ。鷹狩りに用いられるハヤブサが並ぶファルコン・スークや、ラクダやアラビア馬を見ることができる厩舎など、地域の生活文化を今に伝える光景も楽しい。アート施設とは性格が異なるが、スーク・ワキーフは都市の文化的背景を体感できる場所。美術館やギャラリーを巡る合間に立ち寄ると、ドーハという都市のもう一つの表情が見えてくる。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Souq Waqif(スーク・ワキーフ)
住所:Souq Waqif, Doha, Qatar
https://visitqatar.com/intl-en/things-to-do/shopping/souqs/souq-waqif

ドーハ最大の展示空間、
ドーハ・ハマド国際空港|Doha Hamad International Airport

ドーハ・ハマド国際空港のシンボルとなっているウルス・フィッシャーの《Lamp Bear》(2011)。編集部撮影
ドーハ・ハマド国際空港のシンボルとなっているウルス・フィッシャーの《Lamp Bear》(2011)。編集部撮影

カタールの玄関口であるドーハ・ハマド国際空港は、単なる交通インフラにとどまらず、大規模なパブリックアートを展開する文化空間としても知られている。広大なターミナルには、吹き抜けの空間や自然光を活かした建築の中に、国際的なアーティストによる作品が点在し、移動の合間にも自然にアートと出会える。

ジャン=ミシェル・オトニエルの《コスモス》。イスラム美術館に所蔵されている世界最古のイスラム天体観測儀からインスピレーションを得たという作品。編集部撮影
ジャン=ミシェル・オトニエルの《コスモス》。
イスラム美術館に所蔵されている世界最古のイスラム天体観測儀からインスピレーションを得たという作品。編集部撮影

ターミナル中央でひときわ目を引くのが、スイス人アーティスト、ウルス・フィッシャーによる《Lamp Bear》だ。高さ7メートルを超える黄色い巨大なクマがデスクランプを掲げる姿は、どこかユーモラスでありながら圧倒的な存在感を放つ。待ち合わせをする人、写真を撮る人、ただ見上げて通り過ぎる人——作品は自然と人々の動きを引き寄せ、空港空間の象徴的なランドマークとなっている。美術館や街の中だけでなく、移動の場にもアートが溶け込んでいること。それこそが、この都市の文化政策のスケールを物語っている。

アートで巡るカタール・ドーハ|施設情報
Doha Hamad International Airport(ドーハ・ハマド国際空港)
住所:Doha Hamad International Airport, Doha, Qatar
http://dohahamadairport.com

ドーハのアートシーン、その次のステージへ

ドーハの文化・芸術施設は、今も拡張を続けている。2030年には、かつての製粉工場を改修した大規模美術館「アート・ミル・ミュージアム(Art Mill Museum)」の開館が予定されており、国際的な近現代美術コレクションを紹介する新たな拠点となる見込みだ。さらに、四年に一度の国際芸術祭「ルバイヤ・カタール(Rubaiya Qatar)」や、2028年にオープンが予定されているヴェネチア・ビエンナーレのカタール・パヴィリオンなど、新たな動きも続く。

文化の層が重なり合うことで、ドーハはこれからどのようなアートの風景を見せてくれるのだろう。美術館を巡り、街を歩き、スークの路地をさまよう。アートを目的に旅する人にとって、まだ始まったばかりの新しい目的地、ドーハ。現在の緊迫した情勢が落ち着き、この街をゆっくりと歩きながらアートを楽しめる時間が、再び訪れることを願う。

週末前夜にあたる木曜日の夜、賑わいをみせるスーク・ワキーフ。編集部撮影
週末前夜にあたる木曜日の夜、賑わいをみせるスーク・ワキーフ。編集部撮影

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