FEATURE

尾﨑信一郎館長に聞く、鳥取県立美術館の魅力と
アンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》のその後

開館から1年、“問題の種”から“美術館の顔”となった収蔵品の歩みと美術館のこれから

美術館紹介

開館記念展「ART OF THE REAL アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」の展示風景
開館記念展「ART OF THE REAL アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」の展示風景

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2025年3月、鳥取県立博物館(鳥取市)の美術部門が独立する形で、鳥取県立美術館 が誕生した。県の主要都市である鳥取市と米子市の中間に位置する倉吉市に、同県の美術鑑賞の中核となる施設がオープンしたことの意義は大きい。

県立美術館としてはほぼ最後発となる同館。この記事では、館長・尾﨑信一郎氏に話を伺いながら、美術館の魅力を紹介する。

槇文彦の建築に表れた、美術館コンセプト
「OPENNESS!(オープンネス)」

美術館設立の計画が発表されてから約10年の歳月をかけて生まれた美術館は、建築家・槇文彦(まきふみひこ)率いた槇総合計画事務所による設計。水平が強調され洗練されたシルエットは軽やかで目に心地良い。そして、中に入れば誰もがくつろぐことができる心地良さへと変わる。

「ひろま」は3フロアの吹き抜けで、全面ガラス張りの窓で明るい空間。
天井の木ルーバーは、鳥取砂丘の風紋や倉吉絣(かすり)の織模様を思わせる意匠で、洗練さの中に温もりを感じさせる。
「ひろま」は3フロアの吹き抜けで、全面ガラス張りの窓で明るい空間。
天井の木ルーバーは、鳥取砂丘の風紋や倉吉絣(かすり)の織模様を思わせる意匠で、洗練さの中に温もりを感じさせる。
取材時は、「ひろま」にMuseo Aero Solar(ムセオ・アエロ・ソラール/風と太陽の美術館)を展示
県内の各所で使用済のビニール袋を集め、それらに未来へ向けたメッセージや絵を描くワークショップを開催。
取材時は、「ひろま」にMuseo Aero Solar(ムセオ・アエロ・ソラール/風と太陽の美術館)を展示
県内の各所で使用済のビニール袋を集め、それらに未来へ向けたメッセージや絵を描くワークショップを開催。

館内に入ってまず驚くのが、フリースペースの広さだ。1Fから3Fまで吹き抜けの「ひろま」は、イベントや展示もできるほどの広い空間で、一画にはキッズスペースも設けられている。2、3Fの展望テラスもフリースペースとなっている。展示を鑑賞しない日も、カフェやショップだけの利用、あるいはくつろぎに来るだけでもいい。まるで公園を訪れるような感覚で美術館の中に入ることができる。

同館は「OPENNESS!(オープンネス)」をブランドワードに掲げる。全ての人に開かれた美術館であること、そして様々な価値観に対して開かれ、新しい価値を創り出すことを美術館の精神と考える。館内に広がるフリースペースは、そのスタンスの現れだ。

3F展望テラス
3F展望テラス
展望テラスには、中ハシ克シゲによる触ることができる彫刻《お出掛け犬》《抱きつき犬》も設置されている。写真の《抱きつき犬》は、犬が足に飛びついた様子を現しており、犬の前足の輪の中に足を入れ、なでながら鑑賞ができる。
展望テラスには、中ハシ克シゲによる触ることができる彫刻《お出掛け犬》《抱きつき犬》も設置されている。写真の《抱きつき犬》は、犬が足に飛びついた様子を現しており、犬の前足の輪の中に足を入れ、なでながら鑑賞ができる。

ハード面だけでなく、ソフト面でも「OPENNESS!」となる取り組みを実施している。県内の全ての小学校・義務教育学校・特別支援学校小学部の4年生を美術館に招待する「MUSEUM START BUS」をはじめとする教育事業のほか、来館者が気軽に参加できるワークショップなど、イベントも多数実施している。

淀川テクニック《とっとりプラホウドリ》2021年 ミクストメディア 鳥取県立美術館蔵
岡山県出身で、鳥取県智頭町在住の作家は、ゴミや漂流物などを用いて作品を制作する。本作は鳥取県の海岸に漂着したもので制作。
淀川テクニック《とっとりプラホウドリ》2021年 ミクストメディア 鳥取県立美術館蔵
岡山県出身で、鳥取県智頭町在住の作家は、ゴミや漂流物などを用いて作品を制作する。
本作は鳥取県の海岸に漂着したもので制作。

“問題の種”から“美術館の顔”となったアンディ・ウォーホル
《ブリロ・ボックス》

鳥取県立美術館が全国から注目を浴びるきっかけとなったのが、アンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》を約3億円で購入したというニュースだ。当初は県内から多くの疑問の声が上がり、美術館は当初予定していた説明会に加え、購入に関する説明会を何度も実施した。「最初は拒絶反応が多かったが、説明を重ねる中で多くの人に理解していただくことができた。もちろん今でも色んな意見があるが、そうした議論が生まれることが、購入した意義でもある」と、館長・尾﨑信一郎氏は振り返る。

説明会の様子
(レクチャー&トーク「もっと知りたい!美術館における作品収集と鳥取県立美術館のコレクションについて」)
説明会の様子
(レクチャー&トーク「もっと知りたい!美術館における作品収集と鳥取県立美術館のコレクションについて」)

それまで鳥取県立博物館が軸としていた美術コレクションは、鳥取県にゆかりある作家・作品や、近世の日本美術。そこからアメリカのポップアートの先駆者ウォーホルとなると、確かに飛躍しているように感じられる。「(本作の購入について)全く高い買い物ではなく、購入したことは間違っていない。ただ、美術の専門家や美術ファンの間ではウォーホルの価値は当然という感覚だったので、今回多くの方の反応を知り、気づかされることも多かった」。(尾﨑氏)。

それでも「県立美術館として、質の高い作品を観る機会を作っていくこと、その中で現代アートに触れる機会を作ることは重要」との思いは強く、開館までの間に地元の人とのコミュニケーションを重ねた。

そしていよいよ開館の時を迎える。開館記念展「ART OF THE REAL アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」で初公開されると、《ブリロ・ボックス》は多くの人に歓迎された。そして、現在では美術館の顔ともいえる存在になっている。

「ART OF THE REAL  アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」展示風景
「ART OF THE REAL アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」展示風景

《ブリロ・ボックス》は、ポップ・アートという芸術様式を示す“過去のもの”ではなく、現代でも「アートとは何か、アートの価値は何か」という問いを投げかける。同館の《ブリロ・ボックス》は、その様々に飛び交う意見を受け入れる、まさに“県民とアートをつなぐ箱”なのだ。

※《ブリロ・ボックス》の展示状況は、美術館公式サイトに掲載

鳥取の多彩な作品を堪能するコレクション展示

コレクション展「特集:砂の光景」 展示風景(会期:2026/1/24~4/5)
コレクション展「特集:砂の光景」 展示風景(会期:2026/1/24~4/5)
コレクション展「特集:砂の光景」 展示風景(会期:2026/1/24~4/5)
コレクション展「特集:砂の光景」 展示風景(会期:2026/1/24~4/5)

もちろん、ウォーホルだけがコレクションの華ではない。博物館時代からのコレクションを含めて約1万点の収蔵作品は、近世絵画、彫刻、工芸と多岐にわたり、今後はさらに国内外の優れた近現代美術も積極的に収集していくとのことだ。その多彩なコレクションは、2Fにある5つのコレクションギャラリーで観ることができる。各展示室は、「洋画・日本画」「版画や写真など紙を素材にした作品」「彫刻・工芸」「近世美術」と、それぞれの素材に適した展示ができるよう設計されている。

山下清《鳥取砂丘》1956年 紙・インク 鳥取県立美術館蔵(展示期間:~2/22)
山下清《鳥取砂丘》1956年 紙・インク 鳥取県立美術館蔵(展示期間:~2/22)

取材時は、県を代表する名所・鳥取砂丘にちなんだ「砂の光景」展が開催中だった。昨年発見された山下清の《鳥取砂丘》(展示期間:~2/22)は、ちょうど50年前に山下が鳥取を訪れた際に描いた作品で、当時開催された展覧会に出展された後、行方不明になっていた作品だ。それが美術館の開館する2025年に、再び世に現れた。奇跡のような巡り合わせで、感慨深い。

右:植田正治《砂丘人物》1950年頃(撮影年) ゼラチン・シルバー・プリント 鳥取県立美術館蔵
左:植田正治《土門拳と石津良介》1949年頃(撮影年) ゼラチン・シルバー・プリント 鳥取県立美術館蔵
右:植田正治《砂丘人物》1950年頃(撮影年) ゼラチン・シルバー・プリント 鳥取県立美術館蔵
左:植田正治《土門拳と石津良介》1949年頃(撮影年) ゼラチン・シルバー・プリント 鳥取県立美術館蔵
やなぎみわ《My Grandmothers/ MOEHA》2009年 レーザージェットプリント・アクリル 鳥取県立美術館蔵
やなぎみわ《My Grandmothers/ MOEHA》2009年 レーザージェットプリント・アクリル 鳥取県立美術館蔵

その他、鳥取砂丘の実景を描いた洋画や版画、同地で撮影された写真などを紹介している。たとえば写真家では、鳥取砂丘を舞台に無国籍的な群像写真が「UEDA-CHO(植田調)」として世界でも高く評価されている鳥取県出身の植田正治や、やなぎみわの「my grandmothers」シリーズ(若い女性が思い描く 50 年後の自 分の姿を特殊メイクで創造し撮影する)で鳥取砂丘を舞台にした《MOEHA》が展示されている。

コレクション展「特集:砂の光景」 展示風景(会期:2026/1/24~4/5)
コレクション展「特集:砂の光景」 展示風景(会期:2026/1/24~4/5)

美術館では、すでに評価が定まった芸術家だけでなく、若手の作家にも注目する。「開館記念展でも展示した藤原勇輝など、鳥取出身の若い作家で面白い作品を作っている人は多い。彼らの作品を市民の方々に見ていただく機会を作りたい」(尾﨑氏)。

多彩な企画展

2025年の開館からすでに3つの展覧会を開催した。江戸絵画から現代美術まで、“リアル”をキーワードにした「ART OF THE REAL アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」、鳥取県出身の漫画家・水木しげるを紹介する「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 ~お化けたちはこうして生まれた~」、そして日本画の主要な画題である花鳥画に焦点を当てた「The 花鳥画―日本美術といきものたち―」と、バリエーション豊かな展覧会で記念すべき開館1年目を彩った。

SIDE CORE《my head under the ground》 「CONNEXIONS」展 展示風景より 
被災した能登から出た画材を用いて「地中世界」を描いた壁画《my head under the ground》。ひしめくように描かれ地中の世界を進むのは、まるで洞窟の中を進むような神秘さを感じる。
SIDE CORE《my head under the ground》 「CONNEXIONS」展 展示風景より 
被災した能登から出た画材を用いて「地中世界」を描いた壁画《my head under the ground》。
ひしめくように描かれ地中の世界を進むのは、まるで洞窟の中を進むような神秘さを感じる。

取材時は、その1年の掉尾を飾る展覧会「CONNEXIONS | コネクションズ ―接続するアーティストたち」が開催中だった。新しい価値を育み、文化をともに育てていく場として、今まさに活躍中のアーティストを紹介することをミッションにする同館。本展はその一環でもあり、災害やパンデミックなどで、人と人、あるいは人と場所のつながりや関係を意識する機会が増えた近年。そうした“つながり”に目を向けて活動する国内外のアーティスト7組を紹介する意欲的な展覧会だ。

たとえば、mamoru の作品はコロナ禍で声を出すことや集会の制限から、身体機能や他者とのつながりが奪われる感覚になり、「声」によってそれらを取り戻す試みを行う。参加者たちは即興的に声を出し、その音を隣に伝言ゲームのように伝えていったり、あるいは声を重ねていったりと、「その場」だからこそ生まれる「声」を作り上げていく。

mamoru《声を挙げ、絶やさない―声(々)にまつわる思索、2021-2025》
2026年 シングルチャンネル・ビデオ・エッセイ、4K、ステレオ(96kHz/24bit)
mamoru《声を挙げ、絶やさない―声(々)にまつわる思索、2021-2025》
2026年 シングルチャンネル・ビデオ・エッセイ、4K、ステレオ(96kHz/24bit)

大学で染織を学んだ遠藤薫は、様々な土地の「工芸」を軸に、その土地の持つ歴史・文化などを調査するフィールドワークと、その過程の中で自身が経験したこと、感じたことを織り交ぜて、作品を展示する。本展では絣のリサーチや、民藝の窯元、藍染や紙漉きの工房を巡り、また「夢見」を手掛かりに、作品を展示する。鳥取という場所のもつ歴史・神話・工芸・出土品などが経糸となり、遠藤が紡ぐ「夢」のイメージの言葉が横糸となって、新たな世界が織られていく。

遠藤 薫《二十二世紀の睡眠法》展示風景
キャプションでは、「倉吉博物館にて白昼夢を見た。(中略)壺形の土器の首に、カラスが何かを押しつけている映像?」と記され、遠藤が見た夢のイメージによって展示が構成されている。
遠藤 薫《二十二世紀の睡眠法》展示風景
キャプションでは、「倉吉博物館にて白昼夢を見た。(中略)壺形の土器の首に、カラスが何かを押しつけている映像?」と記され、遠藤が見た夢のイメージによって展示が構成されている。
遠藤 薫《二十二世紀の睡眠法》展示風景
鳥取でウサギといえば『古事記』に登場する「因幡の白兎」の神話が思い起こされる。土地に根差すもの・ことを、フィールドワークの記録や夢のイメージと絡めながら展示することで、新しい物語が紡がれていく。
遠藤 薫《二十二世紀の睡眠法》展示風景
鳥取でウサギといえば『古事記』に登場する「因幡の白兎」の神話が思い起こされる。土地に根差すもの・ことを、フィールドワークの記録や夢のイメージと絡めながら展示することで、新しい物語が紡がれていく。

また高嶺格(たかみねただす)は、「脱皮的彫刻」シリーズとして、鳥取県立美術館の竣工式での列席者の様子をかたどったインスタレーション作品を展示する。(人体の)抜け殻のような像が並ぶ光景は兵馬俑を創造させ、中央の通路を進むのも、心なしか緊張が走る。仮設された足場から見下ろすと、6体の像だけが他より白く光っていることに気づく。光っている像は列席者のうち女性を表しており、無言のうちに現代が抱えるジェンダー格差の問題を浮かび上がらせる。

高嶺格《脱皮的彫刻―鳥取編》2026年 石膏、麻布、パイプ椅子、反射ビーズ、写真
高嶺格《脱皮的彫刻―鳥取編》2026年 石膏、麻布、パイプ椅子、反射ビーズ、写真
高嶺格《脱皮的彫刻―鳥取編》展示風景
高嶺格《脱皮的彫刻―鳥取編》展示風景
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
CONNEXIONS | コネクションズ ―接続するアーティストたち―
開催美術館:鳥取県立美術館
開催期間:2026年2月7日(土)〜3月22日(日)

美術館設立の計画が立ち上がってから約10年、ようやく完成した鳥取県立美術館。もちろん完成がゴールではない。取材時は、美術館の前庭が工事中だった。26年夏に新たな彫刻作品も完成する予定とのこと。スタートした鳥取県立美術館はこれからも姿を変えて、地元の人々をはじめ同館を訪れる人と一緒に育っていくはずだ。鳥取という場所から、新しい物語が紡がれていくのだ。

鳥取県立美術館 外観
鳥取県立美術館 外観
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
鳥取県立美術館|Tottori Prefectural Museum of Art
682-0816 鳥取県倉吉市駄経寺町2-3-12
開館時間:9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日、年末年始(12月29日~翌年1月3日)ほか
※月曜日が祝日の場合は翌平日休館 ※休館日は変更となる場合があります

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