ドガ、ロートレック、そしてピカソ。
芸術の都・パリの「カフェ」文化をひも解く
「“カフェ”に集う芸術家 ―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」が、三菱一号館美術館にて9月23日まで開催

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19世紀後半、後に印象派と呼ばれる画家たちをはじめ多くの芸術家たちは「カフェ」に集い、新しい芸術とは何かと議論を交わした。そうしてパリは「芸術の都」と呼ばれるようになった。
三菱一号館美術館で開幕した「“カフェ”に集う芸術家 ―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」は、同館とひろしま美術館の共同企画で、芸術家たちの創造の源泉となった「カフェ」文化をひも解く。
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- 「“カフェ”に集う芸術家 ―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」
開催美術館:三菱一号館美術館
開催期間:2026年6月13日(土)〜9月23日(水・祝)
時代を牽引した画家と「カフェ」
本展では、現在私たちがイメージするカフェ(飲食を提供する場)に限らず、「ガンゲット」や「カフェ=コンセール」「キャバレー」と呼ばれる、飲食の他に娯楽を提供する場所、あるいは芸術活動を行う場所も広く「カフェ」として捉え、「カフェ」文化の展開をたどる。

「外出する女性」の姿から始まる。「外出する女性」は、近代化の象徴でもあった。
展示は3章構成で、第1章では、レアリスムから印象派が胎動する19世紀後半、近代化する都市の中でカフェが誕生する過程を紹介する。

画家が生涯にわたり繰り返し描いた踊り子も「カフェ」文化における重要な存在。
「カフェ」という主題は、近代絵画の巨匠たちが取り上げるより先に、ドーミエなどによる版画で見られるようになる。それらの作品には、社会的階層の差、「見る者/見られる者」の関係など、社会の縮図を示す批判的な眼差しであった。そうした視点、構図は後の芸術家たちに影響を与え、ロートレックなどに見られる大胆な構図、人物同士の関係など、時にドキッとするような表現の源泉とも言える。

隆盛するカフェ文化だが、本展ではマネやドガが通った〈カフェ・ゲルボワ〉、その名の通り赤い風車が目印の〈ムーラン・ルージュ〉、その別館としてオープンした〈ジャルダン・ド・パリ〉と、いくつかの代表的なカフェが紹介されている。

サントリーポスターコレクション(大阪 中之島美術館寄託)
続く第2章では、「カフェ」において重要な役割を担い、また当時の活況を今に伝えるポスターなどを紹介する。この分野で活躍したのがシェレ、そして言わずと知れたロートレックだ。一番広い展示室に並ぶ色彩豊かなポスターの数々。それらからは店内で起こる熱狂、喧騒の様子が溢れ出ており、まるでカフェに入り込んだかのように、一気に気分が高揚する。

飲食の提供のみ行う狭義のカフェから、娯楽の提供が主体となるキャバレーと、店の性格は様々で芸術家たちも好みがあったようだ。ゴッホは落ち着いて議論できる場を求めてカフェを利用していたようだし、ロートレックはキャバレーの喧騒に自らも没入し、内側からカフェの活況、そこに集う人の姿を描き出した。

京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.4829)
〈シャ・ノワール〉の巡業公演のポスターとして描かれたこの黒猫は、カフェのシンボルとなった。
中でも1881年にオープンした〈シャ・ノワール〉は詩の朗読、影絵芝居など芸術活動に重点を置き「パリの頭脳」とまで称された。第3章では〈シャ・ノワール〉、さらにスペイン・バルセロナに開店した〈クアトラ・ガッツ(4匹の猫)〉を紹介し、そこに通ったピカソの存在を示す。
1897年にバルセロナに誕生した〈クアトラ・ガッツ〉。そこに通い、活躍した画家の1人がラモン・カザス。やがて「カタルーニャのロートレック」と呼ばれるカザスだが、一時期〈ムーラン・ド・ラ・ギャレット〉の居室で仲間と共に住んでいた。本展のメインビジュアルにもなっている《マドレーヌ》はその頃に描かれた作品だ。赤いブラウスと、向かって左側をじっと見つめる視線が印象的な女性が描かれている。テーブルの上のグラス(ワインだろうか)に右手のタバコは当時において不道徳の象徴であり、ひいては売春をも想起させる。

ピカソは若い頃に〈クアトラ・ガッツ〉に通っており、「青の時代」と呼ばれる初期作品から、カフェのカウンターに座る2人の女性の後ろ姿を描いた《酒場の二人の女》などを紹介する。パリから離れたスペインの地でのカフェ文化、またそこからキュビスムの巨匠ピカソまでつなげる点は、本展の大きな意義の1つだろう。
カフェのシンボルとなった「風車」
さて、一度は〈ムーラン・ド・ラ・ギャレット〉、〈ムーラン・ルージュ〉の名を聞いたことがあるだろう。前者はルノワールの傑作〈ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会〉として、その店の名を知った人も多いだろうし、後者は同名の映画もある。どちらもキャバレー、あるいはミュージックホールとして栄え、本展における「カフェ」の1つだ。

描かれている風車は〈ムーラン・ド・ラ・ギャレット〉。
その外観の大きな特徴は「風車」。風車は本来、麦から粉を曳くために使われていた。しかし近代化によりその役割が廃れ、代わりに飲食を提供するカフェへと姿を変えたのが〈ムーラン・ド・ラ・ギャレット〉であった。近代化する都市において芸術・文化の最先端の場所となる「カフェ」、その場所自体は時代に取り残されそうになったものだという点が興味深い。
描かれたモデルたち
画家たちがその才能をいかんなく発揮するためには、モデルも重要な要素となる。ここでは芸術家たちのモデルとなった、代表的な人物を紹介しよう。

19世紀のポスター芸術においてロートレックと双璧をなすアルフォンス・ミュシャ。アール・ヌーヴォーの装飾的で甘美な作風は、瞬く間に一世を風靡した。ミュシャが描いたのが、舞台女優サラ・ベルナール。《ジスモンダ》では、華麗な衣装を身にまとい、まるでヴィーナスのような荘厳さで表されている。本作はセンセーションを巻き起こし、これによりミュシャは彼女の専属デザイナーとなる。

京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.3372)
一方スランタンが描くこの女性は、イヴェット・ギルベール。元々女優として舞台に立っていたが、やがてカフェで歌うになりスターとなった。彼女のトレードマークは黒の長手袋。そのことを知れば、あらゆるポスターで黒の長手袋をしている彼女の姿に気づくようになる。

実際のポスター(右/三菱一号館美術館)と、その油彩習作(左/ひろしま美術館)が並んで展示されている。
黒いコートとハットに赤いマフラーが印象的なこの男性は、シャンソン歌手のアリスティド・ブリュアン。恰幅のよい体形でニヒルな笑みでこちらを見返る姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。画家は他にも彼のポスターを手掛けているが、いずれも人物を大きく配し、背景などはほとんど描かれていない。ブリュアンのキャラクターを全面に押し出すデザインで、強烈なインパクトを見る人に与えている。
ロートレックの代表作の1つである《デュヴァン・ジャポネ》は、ダンサーのジャヌ・アヴリルが描かれている。と言っても舞台の上で踊る姿ではなく、観客として。画面中央に毅然としたポーズで舞台を見るアヴリルを大きく配した大胆な構図だ。舞台に立つ人物をよく見ると、その腕には黒の長手袋、ということは…。こうした趣向もロートレックのウィットに富んだ表現だ。

ロートレックにとってアヴリルは、その才能を評価してくれるパトロンでもあった。画家にとって舞台に立つ者は、自らの芸術の理解者であり、イマジネーションの源でもある。そして彼らが描くポスターによって、彼、彼女らは舞台の幕が下りた後も永遠に人々の心に残り続けることに成功した。
光が強いほどに影も濃い―カフェに潜む諸問題
本展では夜間開館時間(18~20時)のみの特別演出の展示が行われる。展示室の一部で音楽がかかるほか、映像展示室ではカフェ文化の「影」の部分をパネル解説で紹介する。例えば女性の社会的立場の脆弱さ、酒におぼれ若くして命を落としたロートレックなど、華やかであればあるほど暗い影を落とすカフェ文化の側面にも言及している。

「芸術の都・パリ」――そう呼ばれるようになった背景には19世紀末から20世紀初頭にパリを中心にして集まった芸術家たちの活躍によるところが大きい。その芸術家たちが集う「カフェ」。その扉を開ければ喧騒、熱狂、あるいはその陰に潜む孤独や闇、光と影が織りなす、まばゆい世界が広がる。本展では画家たちが描き出したそうした「カフェ」に足を踏み入れ、ほんのひと時、酔いしれてみてはどうだろうか。
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- 三菱一号館美術館|Mitsubishi Ichigokan Museum
100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
※ただし、金曜日、第2水曜、7月25日、9月19日〜23日は20時まで開館
休館日:祝日を除く月曜日 ※但しトークフリーデー(6月29日、7月27日、8月31日)は開館