FEATURE

「女性的な美学」「装飾性」「フランス的優美さ」から
マリー・ローランサンの作品の魅力を紐解く

「マリー・ローランサンとモード」が、Bunkamura ザ・ミュージアムにて2023年4月9日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室
Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室

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構成・文 小林春日

1980年代の日本で、フランス・パリ生まれのマリー・ローランサンやカシニョールなどの女性像を描いた絵画の人気が高く、1983年には長野県蓼科高原にマリー・ローランサン美術館が開館し(2011年に閉館したのち、2017年~2019年まで東京・ホテルニューオータニに開館。現在はコレクションの公開はしていない)、カシニョールは画廊や百貨店で個展が頻繁に開催され、絶大な人気を誇った。

マリー・ローランサン 《ばらの女》 1930年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 © Musée Marie Laurencin
マリー・ローランサン 《ばらの女》 1930年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 © Musée Marie Laurencin

それらの作品には、日本人が憧れる、フランス・パリならではの空気感や優美さ、描かれた女性のエレガントな佇まい、甘美さ、憂いを帯びた表情など、描かれた女性たちの背景にある物語世界に静かに誘われるような魅力で多くのファンを獲得していた。

当時、日本で高い人気を誇ったフランス人女性画家、マリー・ローランサンの魅力を再発見するような展覧会「マリー・ローランサンとモード」が、現在 Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されている。Bunkamura が2023年4月10日(月)から長期休館(オーチャードホールを除く)に入る前の最後の展覧会である。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「マリー・ローランサンとモード」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2023年2月14日(火)~4月9日(日)

女性的な美学

マリー・ローランサンといえば、詩人アポリネールとの伝説的な恋でも知られ、ローランサンによって霊感を与えられたアポリネールは、多くの詩の名作を生み出している。美術評論家でもあったアポリネールも、ローランサンに助言を与え、その出会いによって彼女の作品に変化をもたらしていった。画家として活躍する女性が登場しはじめた19世紀、男性と張り合うことで女性的な美質を失ってしまう、といったことに陥りがちだったことを指摘しつつ、アポリネールは、ローランサンの絵については、そういったことから全く自由で、女性の美そのものを絵画の中に表現している、と「女性的な美学」による芸術性を高く評価している。

セシル・ビートン 《お気に入りのドレスでポーズをとるローランサン》 1928年頃 マリー・ローランサン美術館
© Musée Marie Laurencin
セシル・ビートン 《お気に入りのドレスでポーズをとるローランサン》 1928年頃 マリー・ローランサン美術館
© Musée Marie Laurencin

深谷克典氏(名古屋市美術館参与)は、図録の中で、“女性的な美学”といった評価に対して下記のような解説を加えている。

アポリネールが「完全に女性的な美学を表現する」と語るとき、その女性的な美学とはレース編みや刺繍などの、女性独自のものとして認知された既存の価値観、すなわち装飾性と結び付けて評価されていた。確かにローランサンの描く人物にはヴォリュームが存在せず、また感情表現も希薄で、奥行きのない背景の前にたたずむその姿は全体の構成の中に溶け込んでおり、だからこそ線と色彩が織りなす美しいアラベスクが生まれている。一方でそこに描かれた女性たちからは性的なものが全く抜け落ちている。ほっそりとして平面的な体を持つ彼女たちは、長い髪や色鮮やかなドレスや帽子によって女性と認識されるが、そこには常に異性から注がれ、彼女たちも知らず知らずの内に身に着けている性的な視点がどこにも見当たらない。いっそ中性的と呼ぶのがふさわしいほど、男女の境界を越えた存在になっている。
※「マリー・ローランサンとモード」図録 12p参照


深谷氏による「中性的と呼ぶのがふさわしいほど、男女の境界を越えた存在になっている。」といった視点は、ローランサンという19世紀前半に活躍した一人の女性画家についての理解、そして現代においても人々を魅了するローランサンの作品におけるや普遍的な魅力や芸術性についての理解をより深めるための手助けになるのではないだろうか。

装飾性

マリー・ローランサン美術館館長の吉澤公寿氏は、ローランサンの作品が人気を得た理由の一つに、「装飾性」を挙げている。ローランサンの活躍した「レザネ・フォル(狂騒の時代)」といわれた1920年代に流行したアール・デコ装飾に近く、その作品は大きすぎず、家に掛けることで映える絵であり、室内装飾として人気を得て、注文が殺到したという。

Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室
Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室

ローランサンが描く女性たちは、ドレスやワンピースなどを身に纏い、帽子やスカーフやリボン、髪飾りやアクセサリーを身に着けたファッショナブルな装いで描かれている。そして犬や鳥などの動物がともに描かれ、ときに花を手にし、パステルカラーで描かれた作風に、ローランサンならではのスタイルが見いだせる。ローランサンの母親は、婦人服の裁縫と刺繍を生業としており、その母親に女手ひとつで育てられた環境は、ローランサンの趣向や美意識に大きな影響を与えたと言われている。ローランサンの絵画に描かれるそういったモチーフのほか、女性像の背景は抽象的に描かれており、作品のテーマ性が主張しすぎないため、作品自体の装飾性がより強調される。

Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室
映像協力:NBAバレエ団
Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室
映像協力:NBAバレエ団

また、ローランサンは、絵を学び始める以前の1901年、国立セーブル製陶所で磁器の絵付けを学んでいた経験があり、そこでも装飾的な感覚を身に着けていたのではないだろうか。1912年、サロン・ドートンヌにおける室内装飾の総合展示「立体派の家(メゾン・キュビスト)」に作品《立体派の家のための飾り絵》を出品している。1920年代には、流行画家となったローランサンは、アール・デコ博への出品や舞台美術への参加など、装飾の世界でも華々しく活躍していく。絵画のみならず、活躍の場を広げたローランサンは、1923年には、ロシア・バレエ団の創始者セルゲイ・ディアギレフ率いる「バレエ・リュス」のバレエ「牝鹿」の衣装と舞台美術を担当している。本展でも「第2章 越境するアート」にて、バレエ・リュスの舞台についても充実した内容で紹介している。「装飾性」をキーワードに、絵画のみに留まらない、ローランサンの幅広い活躍の軌跡を辿ってみてほしい。

フランス的優美さ

Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室
Bunkamura ザ・ミュージアム 「マリー・ローランサンとモード」展示室

アポリネールは、ローランサンの作品について「マリー・ローランサン嬢の完全にフランス的な優美さについて、わたしはそれを充分に表現できるだけの言葉を持ち合わせていない」と語っている。ローランサンと同じく、フランス・パリ出身のアポリネールがそう語ったこと自体、ローランサンの絵が醸し出すフランス的優美さは、われわれ日本人のような遠く異国の地にある者だからこそ感じる異国情緒的なものにとどまらないと知る。アポリネールが言葉を持ち合わせないのならば、われわれにも到底、適した表現はしえないが、ローランサンの作品には、感情の起伏が抑えられた人物の表情や佇まい、ファッションの優雅さのほか、パリのどんよりとしたグレーな空や、緑に囲まれた静かな公園、歴史ある石造りの建物の天井の高い一室など、フランス的優美さを感じさせるあらゆる想像の余地があり、展示を観ながらローランサンの生きた時代のフランスに思いを馳せるのも楽しいひとときになるのではないだろうか。
※「マリー・ローランサンとモード」図録 9p参照

マリー・ローランサンの作品の魅力を少しでも紐解きたいと、「女性的な美学」「装飾性」「フランス的優美さ」と3つのキーワードに注目してご紹介した。ぜひ「マリーローランサンとモード」展をより楽しむためのヒントとなれれば幸いである。

※参考文献:「マリー・ローランサンとモード」図録(展覧会カタログ)

「マリー・ローランサンとモード」特集ページのご紹介

Bunkamura ザ・ミュージアム 公式「マリー・ローランサンとモード」の特集ページ SPECIAL「マリー・ローランサン美術館館長が語る、ローランサン作品の魅力」のインタビューを当媒体が担当させていただきました。ぜひご一読いただけますと幸いです。

マリー・ローランサンの世界最大級のコレクションが、ここ日本にあることをご存知でしょうか?現在コレクションを管理している、マリー・ローランサン美術館館長の吉澤公寿氏に、なぜローランサンの世界最大のコレクションが築かれてきたのか、その経緯とともに、ローランサンの作品の魅力や本展を楽しむためのポイントなどについてお話を伺いました。
【マリー・ローランサン美術館館長が語る、ローランサン作品の魅力 その1】【マリー・ローランサン美術館館長が語る、ローランサン作品の魅力 その2】

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「マリー・ローランサンとモード」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2023年2月14日(火)~4月9日(日)

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