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身の回りにある何気ないデザインを見つめ直す
「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」

東京・世田谷美術館にて2022年9月17日から11月13日まで開催

内覧会・記者発表会レポート

世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より

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構成・文 澁谷政治

普段何気なく使っている生活用品や事務用品。意識せずとも何度も買ってしまうお気に入りの日用品が誰にでもあるだろう。しかしそのデザイナーに焦点が当てられる機会は多くはない。2011年に逝去したプロダクトデザイナー宮城壮太郎の軌跡を追う企画展「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」が、2022年9月17日から2022年11月13日まで、東京・世田谷区の砧公園内にある世田谷美術館にて開催されている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」
開催美術館:世田谷美術館
開催期間:2022年9月17日(土)~11月13日(日)
宮城壮太郎ポートレート
宮城壮太郎ポートレート

宮城壮太郎(1951-2011)。その名を表舞台で見ることはあまりないだろう。しかしプロダクトデザイン業界では広く知られた名デザイナーである。多くの社会人が愛用する事務用品などで知られるアスクル、重ねて使える機能性の高い調理器具を扱うチェリーテラス、オリジナルブランド+dなどユニークな生活用品で知られるアッシュコンセプト、柔らかなM字のロゴが印象的な今治ブランドの村上タオルなど、様々な製品を通じ彼のデザインが我々の身の回りを彩っていることに気付かされる。

世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より

宮城壮太郎は、1974年に千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、東急ハンズやQFRONTなどのプロデュースで知られる株式会社浜野商品研究所に入社。1988年に37歳で独立、宮城デザイン事務所を立ち上げた。今回の展示会場では浜野商品研究所時代に担当した富士フィルムの全天候型生活防水カメラ「FUJICA HD-1」「FUJICA HD-S」の紹介から始まる。宮城は後年「コンセプトがはっきりしているので、デザインそのものはそんなに悩むことはありません」と語った。この言葉は機能を含むコンセプト全体を俯瞰的に理解しデザインに反映させる宮城の手法を端的に表している。それまで防水面から素人には撮影が難しかった水面や雪氷などアウトドアでの一瞬を手軽に切り取ることができる世界初の試みは、もっと日常を楽しみたいという宮城の信条とマッチした商品開発だったのではないだろうか。「海でHD-1を使っていると周りの人が『カメラが濡れていますよ』と注意してくれます。それが面白くてよく持ち歩いたものでした」。図録に収められたこの宮城の言葉からは、商品への思い入れとともに、人の驚きを楽しむ少年のような一面も垣間見える。

オールラウンドボウルズ 2005年 [チェリーテラス]
オールラウンドボウルズ 2005年 [チェリーテラス]

展示会場ではカメラに続き、宮城が関わったデザイン商品の数々が、広い会場全体に配置されている。おそらく会場を訪れた人の誰もが普段目にしている商品が多くあるだろう。まるでショールームのように大量の日用品が陳列された空間は、一瞬ここが美術館だと忘れそうになる。しかし、一見アートとは無縁の商品展示をよく見ると、多様なデザインが日常に潜んでいることに改めて気付かされる。例えば株式会社チェリーテラスは、スイスやフランスの調理器具の輸入販売をメインとしているが、オリジナル商品も開発している。本展ポスターにも使われている2005年度グッドデザイン賞を受賞した「オールラウンドボウルズ」。一つ一つが機能的で美しいだけではなく、重なり合う収納バランスが絶妙で見ていても飽きが来ない。

宮城壮太郎+高橋美礼 +d Tsun Tsun 2004年 [アッシュコンセプト]
宮城壮太郎+高橋美礼 +d Tsun Tsun 2004年 [アッシュコンセプト]

遊び心を感じる生活用品を提供するアッシュコンセプト株式会社の商品。ゴム工場の廃材の商品化を持ち込んだ同社代表の名児耶秀美氏に対し、宮城は当初「捨てられているものをそのまま売ったら?」「捨てられるものがまた活用されるって素敵だよね」とデザインをしないことも提案したと言う。リサイクル、リユースをビジネスにする考え方はまだそれほど普及していなかった当時において、単純に「素敵」と言える感覚も宮城のデザイン哲学を物語っている。この廃材は結果的に宮城ともう一人のデザイナー高橋美礼氏とともに、見た目も楽しく実用的なソープディッシュ「Tsun Tsun」として開発されている。

hmny パスポートケース 2006年 [ルボア]
hmny パスポートケース 2006年 [ルボア]

また、宮城は名児耶氏とともに中小企業のブランド確立を目的としたコンサルティング事業に参画し、四国のルボア株式会社と革製品ブランドを立ち上げている。ルボアの林周二社長と宮城、名児耶氏のイニシャル、そしてユーザーの「you(あなた)」から、「hmny」(エイチエムエヌワイ)と名付けられたそのブランドは、「本当に欲しいものを形にしたい」をコンセプトとした財布や名刺ケースなど、実用的かつスタイリッシュなフォルムに愛好者も多い。「hmny」の文字をひとつなぎに幾何学的な筆記体であらわした、シンプルながら印象に残るブランドロゴも、宮城のデザインである。

宮城壮太郎+山洋電気株式会社サーボシステム事業部設計第一部 SANMOTION R 2006年 [山洋電気]
宮城壮太郎+山洋電気株式会社サーボシステム事業部設計第一部 SANMOTION R 2006年 [山洋電気]

宮城の大きな仕事の一つに、山洋電気株式会社のデザイン顧問がある。冷却ファンなどのメーカーである同社では、生産材は消費者から見えるものではないという考えから、創業当初はデザイン=設計という概念だったという。しかし、CI(コーポレート・アイデンティティ)を形成していくにあたり、同社の山本茂生会長が宮城に相談を持ち掛けた。元々山本氏と旧知の仲であった宮城はCIデザインのマニュアル策定、そして運用するための社内研修などを進めていくこととなる。それまでは会社のロゴすらなく、見た目よりも性能重視のパーツで良いという職人気質の企業文化から、結果的にメーカー業界内で先駆的とも言えるグッドデザイン賞製品を生み出すまでに変化を遂げた。宮城は研修会などでも常に社員の目線に立った話しぶりで、「ぶっちゃけた話ね」と相手を引き込んでいく教え方が印象的であったという。相手とともに協働する真摯な姿勢と明るいキャラクターが、企業のデザインマインド形成への大きな変革に結び付いて行ったと言える。

ダブルクリップ ストックバー 2004年 [アスクル]
ダブルクリップ ストックバー 2004年 [アスクル]
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より。壁面には、宮城はデザインディレクターを務め、2001年に開設された、アスクル本社「e-tailing center」の様子が写真パネルで展示されている。
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より。壁面には、宮城はデザインディレクターを務め、2001年に開設された、アスクル本社「e-tailing center」の様子が写真パネルで展示されている。

もう一つの宮城の代表的な仕事に、アスクル株式会社のプロダクト、パッケージデザインがある。浜野商品研究所勤務時代から関わりのあったプラス株式会社の新規事業として立ち上がったアスクルは急成長を遂げ、今や日本の多くの企業を支える存在となっている。我々が職場や街中で見慣れたロゴデザイン「アスクル坊や」も宮城の作品である。実用性とシンプルな美しさを兼ね備えたプラス社のファイルなどの事務用品は現在でも愛されているが、その進化系がアスクルと言える。控えめながら誰が見てもアスクル製品と認識される統一されたフォントやデザイン。コピー用紙の包装、事務クリップの箱一つを取ってもシンプルなイラストから中身や用途が即座に分かり、効率的な仕事への配慮が感じられる。2001年のアスクル本社「e-tailing center」の開設時には、宮城はデザインディレクターを務めた。天井高を生かした開放感のあるオフィスや、コールセンターを横切る印象的なブリッジに、アスクルの企業理念を反映させたデザインが随所に見られる。

宮城壮太郎+中村豊四郎(アール・イー・アイ) ザ・キャピトルホテル東急サインデザイン 2010年 [東急ホテルズ]
宮城壮太郎+中村豊四郎(アール・イー・アイ) ザ・キャピトルホテル東急サインデザイン 2010年 [東急ホテルズ]

会場後半では、プロダクトだけではなく、空間デザイナーとしての仕事も紹介されている。羽田エクセルホテル東急とザ・キャピトルホテル東急では、ホテルのコンセプトを具現化するサイン計画のほか客室のグラフィックアートなども手掛けている。また、東京・二子玉川の再開発計画では、二子プロジェクト事業企画検討委員会「勤遊会」にも参画し、地域構想策定にも大きく影響を与えた。また、こうした活躍と並行して、法政大学大学院システムデザイン研究科や、千葉工業大学工学部デザイン科学科などで講師も務めている。宮城はアカデミックな分析に基づく言葉を多く残している。産業革命以降、商品の価値化で生み出された大量消費のためのデザインや効率性のみを優先したデザインは過去のものという見方から、図録においても紹介されているとおり、「旧来の概念に基づくデザインだったらデザインしないこともひとつのデザイン、言い換えれば『デザインレスデザインの時代』かもしれないと、ちょっと立ち止まって考える時期」と分析している。環境や時代に合わせ、必要なもの、求められるものを追い続けた宮城ならではの合理的な視点は、デザインのみに留まらない彼の人生哲学をも示唆している。

世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より 東京・二子玉川の再開発計画
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より 東京・二子玉川の再開発計画

展示会場の最後には、宮城が病床から「製品デザイン原論」を履修する大学院生たちへ送ったメッセージが掲示されている。「宿題を読ませてもらいました。週の宿題だから…この程度かな、とも思いますが、ちょっと寂しかったです。」という真っ直ぐな言葉から始まる1枚紙には、厳しい冒頭から打って変わって、分かりやすいロジックと、学生の目線に立った提言、考えを深めるためのヒントが簡潔に述べられている。そして結びには、指導者というよりも、デザイナーの同胞としての問いかけを共有するように、若者へのエールが綴られている。「真のモノの価値 真に人間の幸せのために 情報に踊らされずに(踊らされない為に知識と知恵が必要)、情報を活用し、情報を競争原理の素材 としてではなく、ライフスタイルがどう変わるのか? 社会的合意は形成されるのか? その為にデザイン(エンジニアリング)に何が出来るか? 何をすべきか? を考えながら社会で活躍してください」。端的ながら本質を突く言葉は、デザイン学生でなくとも背筋が伸びるようなメッセージである。

世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より 世田谷美術館提供
世田谷美術館で開催中の「宮城壮太郎展――使えるもの、美しいもの」会場展示より 世田谷美術館提供

どの資料を読んでも、宮城と関わった人々は必ずその真っ直ぐな人柄について触れている。デザインの知識、能力はもちろんのことながら、時には納得するまで細かく詰めていく仕事への誠実な姿勢、そして素直で明るく誰もが一緒に楽しく仕事できるという彼の魅力が多く語られている。宮城デザイン事務所では、終業後不定期に関係者が集まり、飲み物だけの気軽な会合を開催していたという。「Bar MIYAGI」と呼ばれたその集まりでは、海外の視察旅行などの写真を投影してその土地のデザインなどを宮城が説明しつつ、参加者同士で批評、ディスカッションをする楽しい宴だったそうだ。そして、その締めくくりはいつも視察先の国の「消火栓」の写真が定番だったそうである。確かに消火栓は何気ない存在にあって、その国の文化や美意識、社会インフラと技術機能などが詰まっており、デザイン談義の総括にふさわしい。こうしたチョイスも宮城らしい視点と言えるのかも知れない。

世界と時代を俯瞰して、快適な日常に必要と感じるデザインを形作っていった一人のデザイナー。展示を通じ宮城の手掛けた一つ一つの思いに触れると、彼のような多くの無名なデザイナーによる手仕事の上で我々の生活が成り立っていることに気付かされる。この展示を見た後、何気ない会社の事務用品、家庭の生活用品が愛おしくなるに違いない。人生をより豊かに楽しめるデザイン。宮城が追い求めたデザインのあり方の答えは、我々の愛用する身近な日用品の一つ一つに隠されているのかも知れない。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
世田谷美術館|The Setagaya Art Museum
157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
開館時間:10:00〜18:00
定休日:月曜日 ※祝・休日の時はその翌平日、年末年始(12月29日~1月3日)

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

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