FEATURE

デザイン、インテリア、アート。
全てを包み込むミラノサローネという名の祝祭

「品質」「革新」「美」「サステナビリティ」をテーマに新しいライフスタイルを掲げ、60周年を祝った
 2022年のミラノサローネ。そのクリエイティビティとエネルギーの触媒としての役割は今後も加速する。

アートコラム

ドゥオモ広場の王宮カリアティディの間で開催された、「La Scatola Magica (マジックボックス)」。イタリアを代表する映像作家11人による、11本の短編映画が上映された。 Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Alessandro Russotti
ドゥオモ広場の王宮カリアティディの間で開催された、「La Scatola Magica (マジックボックス)」。イタリアを代表する映像作家11人による、11本の短編映画が上映された。 Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Alessandro Russotti

アートコラム 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

構成・文 藤野淑恵

ミラノサローネ国際家具見本市(正式名:Salone del Mobile.Milano 、以下ミラノサローネ)は、ミラノで開催される数ある見本市の中で最大の動員数を記録する、世界的なイベントだ。ミラノの見本市会場ロー・フィエラミラノを会場とするミラノサローネと、ミラノ市内の随所で開催されるフォーリサローネ(Fuori Salone: サローネの外の意)を合わせた「ミラノ・デザインウィーク」には、デザイン、インテリアのみならず近年フォーリサローネへの参加が増えている自動車メーカー、時計やファッションなどラグジュアリーブランドの関係者らが世界中から集結する、世界一のデザインの祭典といわれる。

ミラノサローネの開催されるミラノの見本市会場ロー・フィエラミラノ。2022年は予想をはるかに上回る26万人の来場者を記録した。
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Alessandro Russotti
ミラノサローネの開催されるミラノの見本市会場ロー・フィエラミラノ。2022年は予想をはるかに上回る26万人の来場者を記録した。
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Alessandro Russotti

2022年6月に開催されたミラノサローネは、華やかなお祝いムードに包まれていた。2020年は新型コロナウィルス感染症の影響により中止、2021年の開催は期間と規模を縮小したミラノサローネ特別展「supersalone(スーパーサローネ)」となり、今年は実に3年ぶりの開催。しかも、ミラノサローネ60周年を祝うという、特別な年でもある。公式発表によると、出展企業は1575社(内27%は国外から)、若手・新進デザイナーのための展示である「SaloneSatellite(サローネサテリテ)」の参加者を合わせると出展数は2175となる。会期6日間の展示の来場者は、EUやイタリア国内のみではなく173カ国から26万人を超えた。これは、2019年には4万人以上を占めていた中国とロシアからの訪問者はほぼ不在の中での数字だ。さらに世界各地から取材に訪れたジャーナリストが3千人以上と聞けば、今年のミラノサローネがいかに注目されていたかわかる。

ミラノの象徴でもあるスカラ座で開催された60周年を祝うオープニングコンサート。ミラノサローネのデジタルプラットフォームで世界にライブ配信された。Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Andrea Mariani
ミラノの象徴でもあるスカラ座で開催された60周年を祝うオープニングコンサート。ミラノサローネのデジタルプラットフォームで世界にライブ配信された。Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Andrea Mariani

イタリア経済の中心地であり、デザインやファッションの街として知られるミラノだが、芸術を愛する人々にとっても聖地であることは周知の通りだ。毎年12月8日、ミラノの守護神であるサンタンブロージョの祝日に開幕を迎える世界のオペラの殿堂ミラノ・スカラ座、レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》があるサンタマリア・デッレ・グラツィエ教会、そしてブレラ美術館、トリエンナーレデザイン美術館、ノヴェチェント美術館、フォンダツィオーネ・プラダ・・・・イタリアが誇る珠玉の名作から最先端のコンテンポラリー・アートを要する様々な美術館―――例をあげれば枚挙にいとまがない。

ミラノの中心地にあるパラッツォ・ドゥニャーニで催された開幕パーティーのインスタレーション。
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Diego Ravier
ミラノの中心地にあるパラッツォ・ドゥニャーニで催された開幕パーティーのインスタレーション。
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Diego Ravier

60周年を祝う幕開けは、レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》で知られるサンタマリア・デッレ・グラッツェ教会での、ミラノサローネ前夜祭「ガラ・ディナー」。未だかつて利用されたことがなかった教会のルーフトップでの晩餐会のテーブルでは、スポンサードした日本の照明ブランド、アンビエンテック社の120個ものライト「TURN+ (ターンプラス)」が輝きを添えた。ミラノスカラ座で開催されたオープニングコンサートは、ミラノサローネのデジタルプラットフォームからライブ配信。優美な館と庭園で知られるパラッツォ・ドゥニャーニで催された開幕パーティでは、この日のために制作された色と光のインスタレーションがクラシックな建築の邸宅を彩り、デザイン界のセレブリティたちが、パンデミックを経て通常開催に漕ぎ着けたミラノサローネの記念すべき節目を祝った。

サンタマリア・デッレ・グラッツェ教会を会場に開催されたミラノサローネ前夜祭「ガラ・ディナー」。
Coutesy Salone del Mobile.Milano Photo:Luca Fiammenghi
サンタマリア・デッレ・グラッツェ教会を会場に開催されたミラノサローネ前夜祭「ガラ・ディナー」。
Coutesy Salone del Mobile.Milano Photo:Luca Fiammenghi
教会のルーフトップ・テラスに設えられた晩餐会のテーブルセッティング。ガラディナーのスポンサーとなった日本の照明ブランド、アンビエンテック社のライト「TURN+ (ターンプラス)」 120個が灯された。Coutesy Salone del Mobile.Milano Photo:Luca Fiammenghi
教会のルーフトップ・テラスに設えられた晩餐会のテーブルセッティング。ガラディナーのスポンサーとなった日本の照明ブランド、アンビエンテック社のライト「TURN+ (ターンプラス)」 120個が灯された。Coutesy Salone del Mobile.Milano Photo:Luca Fiammenghi

市街におけるミラノサローネのイベントも印象に残る。ミラノのシンボルであるドゥオモ広場の王宮カリアティディの間で開催された映像インスタレーション、「La Scatola Magica (マジックボックス)」では、イタリアを代表する映像作家11人による、11本の短編映画を上映。「Emotion(感情)」、「Sistema(システム)」、「Ingenuity(創意工夫)」、「Quality(品質)」などミラノサローネの11のマニフェストを、11人の映像作家たちが独自の視点で変換した。そのサイトスペシフィックなアートフィルムは、漆黒に包まれた王宮の一室から、過去・現在・未来のミラノを自在に移動するかのような浮遊感を味わえるものだった。

ドゥオモの王宮カリアティディの間で開催された映像インスタレーション、「La Scatola Magica (マジックボックス)」で上映された短編映画のワンシーン。Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Alessandro Russotti
ドゥオモの王宮カリアティディの間で開催された映像インスタレーション、「La Scatola Magica (マジックボックス)」で上映された短編映画のワンシーン。Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Alessandro Russotti

2021年にミラノサローネ代表に就任したマリア・ポッロは、イタリアの歴史あるデザインブランド、ポッロ社のマーケティング・コミュニケーション・ディレクター。ミラノのブレラ美術アカデミーで空間演出デザインを学び、デザイナー、オーガナイザー、キュレーターとして、劇場、芸術、主要なイベントに携わってきた人物だ。実は根強い男性社会といわれるミラノのインテリア界だが、30代の若さで女性として初めてサローネの代表に抜擢され、パンデミック禍の2021年には特別展スーパーサローネを開催。そして2022年、「品質」「革新」「美」「サステナビリティ」を掲げたミラノサローネの60周年を成功に導いた。「ミラノサローネは美しさ、包容力、新しい可能性を生み出す場」ーーー若きリーダー、マリア・ボッロはそう断言する。

ミラノサローネの会期中、持続可能な未来を共に築くための議論の場として開設された「TALK」イベントで語るミラノサローネ代表/ポッロ・マーケティング&コミュニケーションディレクターのマリア・ポッロ(左) Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Diego Ravier
ミラノサローネの会期中、持続可能な未来を共に築くための議論の場として開設された「TALK」イベントで語るミラノサローネ代表/ポッロ・マーケティング&コミュニケーションディレクターのマリア・ポッロ(左) Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Diego Ravier

会場のロー・フィエラミラノでは、マリア・ポッロの言葉を証明するように新たなライフスタイルの可能性が様々な形で発表された。通年開催される家具やインテリア小物の見本市、「ワークスペース3.0」(オフィス見本市)、隔年開催の「エウロクチーナ」(キッチンの見本市)、バスルームの見本市、「エウロルーチェ」(照明の見本市)に加え、「S.Project(エスプロジェクト)」と名付けられたデザイン製品とインテリア装飾のソリューションに特化した展示会、若手デザイナーの登竜門としても有名な「サローネサテリテ」、さらに建築家マリオ・クチネッラがサステナビリティのためのデザインの進化をテーマにキュレーションした「デザイン・ウィズ・ネイチャー」、ガストロノミーの国際的なハブであるイデンティタ・ゴローゼ・ミラノとのコラボレーションによる食とデザインの美食プロジェクト―――ミラノサローネはインテリア、デザインの見本市にとどまらず、コンテンポラリーなライフスタイルにまつわるあらゆるテーマを包括する。

建築家マリオ・クチネッラのキュレーションによる「デザイン・ウィズ・ネイチャー」
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo: Diego Ravier
建築家マリオ・クチネッラのキュレーションによる「デザイン・ウィズ・ネイチャー」
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo: Diego Ravier

ロー・フィエラミラノのブースを生き生きとした表情で巡りながら、楽しげに語らっている人々を見ると、デザインやインテリアがイタリア人のライフスタイルの中でいかに大切なものであるのかがわかる。ミラノサローネは、世界中から集まるデザインやインテリアのプロフェッショナルや、ジャーナリストのためだけのものではない。会期の後半、チケットを購入すれば一般や学生でも入場することができ、広大なロー・フィエラの会場内に点在するカフェやレストランは、ワイングラスを片手にデザインやインテリア談義に花を咲かせる人々の賑わいに包まれる。

ガストロノミーとデザインのコラボレーションともいえるスペシャルなフードコート。デザイン・ホッピングの合間にブース内で最旬の美食を堪能する。 Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Andrea Mariani
ガストロノミーとデザインのコラボレーションともいえるスペシャルなフードコート。デザイン・ホッピングの合間にブース内で最旬の美食を堪能する。 Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Andrea Mariani

今年23回目を迎えた「サローネサテリテ」は、デザイン業界のみならず一般のデザイン・ラバーや学生を惹きつけてやまない重要なイベントのひとつ。「サローネサテリテ」の創設者でインテリア業界歴50年を超えるマルヴァ・グリフィンは、ミラノサローネのゴッドマザーと呼ばれ、「サローネサテリテ」のキュレーションも手がける。サステナビリティにフォーカスした今年は、48カ国から600名のデザイナーが参加した。35歳以下のデザイナーを対象にしたこのイベントは、将来を担う若い才能の登竜門。nendoの佐藤オオキなど、ここから世界へ羽ばたいたデザイナーも多い。

若手デザイナーの登竜門としてデザイン界の注目を集める「サローネサテリテ」。サステナビリティをテーマにした2022年の会場には、創意に溢れる次世代の才能が集結した。 Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Ludovica Mangini
若手デザイナーの登竜門としてデザイン界の注目を集める「サローネサテリテ」。サステナビリティをテーマにした2022年の会場には、創意に溢れる次世代の才能が集結した。 Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Ludovica Mangini

出展者の中から優れたデザイナーが表彰される「サローネサテリテ・アワード」は、MoMAのシニアキュレーター兼建築・デザインディレクターのパオラ・アントネッリが第1回から審査委員⻑を務め、今年の最優秀賞はナイジェリアのデザイナー、ラニ・アデオエが受賞。エレガンスと品格を兼ね備え、現地の製造工程とグローバルなデザイン・インスピレーションを融合させたクラフトマンシップが高く評価された。

「サローネサテリテ・アワード」最優秀賞を獲得したナイジェリアのデザイナー、ラニ・アデオエ。
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Ludovica Mangini
「サローネサテリテ・アワード」最優秀賞を獲得したナイジェリアのデザイナー、ラニ・アデオエ。
Coutesy Salone del Mobile,Milano,Photo:Ludovica Mangini

サローネサテリテ2023は既に始動している。9月の期限までに応募を終えた若きデザイナーたちの出展の可否は、サローネサテリテの選考委員会による厳選な審査を経て、11月に通知される。ミラノサローネにおいては、若手登竜門のサローネサテリテだけでなく、すべての展示会場において、主催者による厳密な審査によって選ばれた者だけが出展できるということを追記しておこう。これこそが、来場者が満足するクオリティを保ち続け、世界約180カ国から訪れる約30万の人々を魅了するイベントとなった理由なのだろう。「ミラノサローネは常にクリエイティビティとエネルギーの触媒である」―――これもマリア・ボッロによる言葉だが、ポスト・コロナ(もしくはウィズ・コロナ)の新しいライフスタイルの創造を模索するデザイン・ラバーには、ミラノサローネの圧倒的なエネルギーに現地で触れることをお薦めしたい。次回の開催は2023年4月18日〜23日。デザインだけではなく、アート・ラバーもこの時期のミラノを目指すべきであることも、また次の機会に紹介したい。

藤野淑恵 プロフィール

インディペンデント・エディター。「W JAPAN」「流行通信」「ラ セーヌ」の編集部を経て、日経ビジネス「Priv.」、日経ビジネススタイルマガジン「DIGNIO」両誌、「Premium Japan」(WEB)の編集長を務める。現在は「CENTURION」「DEPARTURES」「ART AGENDA」「ARTnews JAPAN」などにコントリビューティング・エディターとして参加。主にアート、デザイン、ライフスタイル、インタビュー、トラベルなどのコンテンツを企画、編集、執筆している。

FEATURE一覧に戻るアートコラム 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻るアートコラム 一覧に戻る