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「フィン・ユールとデンマークの椅子」展で触れる
心地よいデザインのある暮らし

「フィン・ユールとデンマークの椅子」が東京都美術館にて、2022年10月9日(日)まで開催

展覧会レポート

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 会場風景
「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 会場風景

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構成・文 澁谷政治

我々の日常で欠かせない家具の一つである、椅子。この身近な椅子などのデザインを追求した北欧デンマークの家具デザイナーの巨匠、フィン・ユール(Finn Juhl 1912-1989)にフォーカスを当てた「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 が、2022年7月23日から10月9日まで、東京・上野公園内にある東京都美術館にて開催されている。近代デンマークデザインの歴史を知る貴重な資料とともに、約150点を超えるインテリア家具が一堂に会し、一部の椅子は実際に座ることもできるなど、まさに北欧デザインを体感できる展覧会となっている。

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「フィン・ユールとデンマークの椅子」
開催美術館:東京都美術館
開催期間:2022年7月23日(土)〜10月9日(日)

自然を意識したシンプルな機能美と評され、日本のみならず世界中から愛される北欧デザイン。北欧諸国で相互の影響はあるものの、その発展の経緯はそれぞれ特色がある。今回取り上げられたデンマークは、北欧5ヵ国の南端に位置している。大陸側のユトランド半島ではドイツと国境を接しており、北側には海を隔ててスウェーデンやノルウェーなどを擁するスカンジナビア半島と対峙している。工業デザインにおける合理主義などを目指したドイツの美術学校「バウハウス」の世界的な活動に接しつつ、北欧スウェーデンの建築家グンナール・アスプルンド(Erik Gunnar Asplund)や、フィンランドの建築家・デザイナーであるアルヴァ・アールト(Alvar Aalto)らの出現とともに、デンマークもまた独特な道程でデザインスタイルを確立してきた。

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 会場風景
「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 会場風景

今回の展示では、まず「デンマーク近代家具デザインの父」とも称されるコーア・クリント(Kaare Klint 1888-1954)を紹介している。王立芸術アカデミー家具科の初代教授にもなったクリントは、現代の北欧デザインの基礎とも言える重要な研究を多く行った。そのひとつに、家具デザインに人間工学的な考え方を導入したことが挙げられる。会場に展示された「人体測定図」などの資料から、機能的なデザインの裏付けとなる人と家具の関係における丁寧な分析や考察の過程が感じられる。そして、もうひとつ特筆すべき研究としては、「リデザイン」の提唱がある。過去に作られてきた良質な家具を見直し、過剰な装飾などを時代に合わせ単純化、また機能性の改良などを行い、再評価することを目指したのである。これらは合理的なデザインを一から作り上げるのではなく、過去のレガシーを生かした機能美の新たなスタイルを生み出して行った。

フィン・ユール《ベイカー・ソファ》と《カクテルテーブル》(会場風景より)
フィン・ユール《ベイカー・ソファ》と《カクテルテーブル》(会場風景より)

デンマークの独特な職人育成の体制として、「キャビネットメーカーズギルド」と言われる家具職人組合がある。この組合は1927年から1966年まで首都コペンハーゲンで家具職人組合展示会を開催していた。当初は技術的な発表な場であったものの、徐々に洗練され、現代にも評価される良質な作品の出現を後押しした。なお、この展示会では家具職人自らがデザインした作品が多く出展された。デンマークの著名な家具デザイナーとして名を馳せるハンス・ウェグナー(Hans Jørgensen Wegner)も少年期に組合認定の職人資格を得て、この展示会に参加していた。しかし、ここに新たな風を吹き込んだ一人が、職人資格を持たないフィン・ユールであった。

会場展示風景より フィン・ユールの初期の代表作品「ポエトソファ」
会場展示風景より フィン・ユールの初期の代表作品「ポエトソファ」

少年期にはギリシャ美術に傾倒し、将来は美術史家を夢見ていたフィン・ユールは、王立芸術アカデミー建築科でデザインを学んだ。その後建築デザイン事務所に入ったフィン・ユールは、家具職人をパートナーとして自身のデザインによる家具を製作し、家具職人組合展示会に参加を始めたのである。家具デザインを学んだデザイナーたちによる家具とは異なり、彼のユニークなデザインは、当初なかなか受け入れられなかったと言う。先にアメリカなど海外での評価を得た後、徐々にデンマーク国内でも新たなスタイルとして認められていった。こうしたフィン・ユールのチャレンジを理解した家具職人ニールス・ヴォッダー(Niels Vodder 1892-1982)は、後年の2回を除く22回の年次展示会出品で、フィン・ユールの職人パートナーとして、彼のデザインの実現に協力を続けた。今回の会場でも、家具職人組合展示会へ出品されたデザイン作品が多数楽しめる。

フィン・ユール 《イージーチェア No. 45》 1945 年デザイン 織田コレクション(東川町) 撮影:大塚友記憲
フィン・ユール 《イージーチェア No. 45》 1945 年デザイン 織田コレクション(東川町) 撮影:大塚友記憲
フィン・ユール 《イージーチェア No.53》 1953 年デザイン 織田コレクション(東川町) 撮影:大塚友記憲
フィン・ユール 《イージーチェア No.53》 1953 年デザイン 織田コレクション(東川町) 撮影:大塚友記憲

「彫刻のような椅子」とも評されるフィン・ユールのデザインの特徴は、心地よい滑らかな曲線や、「無用の用」とも言われる美しいディテールが挙げられる。デンマークデザインの代表作品とも言える「イージーチェアNo.45」。芸術性が感じられるすべてのパーツの曲面と、シートが浮いているようなフォルムから、「世界で最も美しい肘をもつ椅子」の異名を持つ。また、「イージーチェアNo.53」では、肘部分にある溝など機能性だけに捉われない魅力的なデザインも随所で楽しめる。また、空間を彩る家具の色合いは、その場の雰囲気を大きく変える。例えばカラフルな「グローヴ・キャビネット」はシックな空間にもアクセントとして存在感を放つ。北欧では一般的な脚の付いた形の可愛らしいこのキャビネットは、フィン・ユールも自邸の寝室で愛用していたという。

(画像左)フィン・ユール《グローヴ・キャビネット》(会場風景より)
(画像左)フィン・ユール《グローヴ・キャビネット》(会場風景より)

フィン・ユールはアフリカのプリミティブ・アートや、古代エジプトの王座にインスパイアされた作品も残しているが、日本文化にも大きく関心を持っていたという。会場にも展示されている1957年の作品「ジャパンチェア」は、肘部分や余計な装飾など不要なものは取り払い、北欧デザインとも共鳴する日本のシンプルな美的感覚を表現している。この作品はデンマークの家具メーカー、フランス&サン社のベストセラー製品の一つでもある。

フィン・ユール 《ジャパンチェア》 1957 年デザイン 織田コレクション(東川町) 撮影:大塚友記憲
フィン・ユール 《ジャパンチェア》 1957 年デザイン 織田コレクション(東川町) 撮影:大塚友記憲

また、フィン・ユールは家具のみならず、空間のデザイン分野でも活躍している。大きな転機となったのは1950年のニューヨーク国連本部ビルにおける信託統治理事会議場のデザインである。当時フィン・ユールは38歳であった。他の安全保障理事会、経済社会理事会はそれぞれスウェーデンのスヴェン・マルケリウス(68歳)、ノルウェーのアーンスティン・アルネベルグ(68歳)が担当したことと比較しても、いかにフィン・ユールが大抜擢であったことかが分かる。今回の会場では国連本部デザインに向けた資料のほか、SASスカンジナヴィア航空の機内デザインなど、多様なデザイン作品の足跡を辿ることができる。また、会場では、フィン・ユールの自邸の映像も投影され、フィン・ユールが求めた北欧らしく心地よい暮らしのデザイン空間を追体験することもお勧めである。

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 会場風景
「フィン・ユールとデンマークの椅子」展 会場風景

今回展示されている貴重な椅子や資料の多くは、織田憲嗣東海大学名誉教授が長年研究、収集を続け、現在は北海道・東川町が管理する織田コレクションの所蔵品である。私が織田コレクションを初めて拝見したのは、2002年に北海道・旭川市で開催された「1000の椅子展」である。会場となった大学体育館に所狭しと敷き詰められた大量の美しい北欧デザインの椅子の陳列群は圧巻であった。その後、6000点を超える椅子等の保管場所や管理などの課題から、いずれこの膨大で貴重な資料が国内外に散逸してしまうのではないかとの関係者の懸念を耳にしていた。しかし、2016年に旭川家具の産地としても知られる東川町がこのコレクションをデザイン文化遺産と捉え公有化を行い、現在は東川町文化芸術交流センターなどで一部公開もされている。織田教授の研究とこれらの家具作品の価値が認められ、公的な財産として管理体制が整えられたことは、国際的価値も高い文化財の保護、そしてデザイン教育への効果としても大きな意味がある。元々自治体として写真やアートへの理解が深く、木工家具デザインの町としても知られる東川町には、織田コレクションもまた大きな魅力の一つとなっていくだろう。個人的には今回の展覧会で、以前出会った美しい椅子たちと、ここ東京で再会できたことも感慨深いものがあった。そして、これからも国内外でこの素晴らしいコレクションが多くの人に親しまれていくことを願わずにいられない。
ODA COLLECTION(織田コレクション)

会場では来場者が自分の好みの椅子を探し、楽しむ笑顔がたくさん見られた。シンプルで暖かみがあり自然を感じるデザインは、日々の暮らしにより豊かな彩りを与えてくれる。そして、身近なインテリアが心地よいことが、生活する人々の幸せな笑顔につながっていくことを実感する。高価なものである必要はない。しかし、フィン・ユールらが創り出してきた、人間が使いやすい機能性と木材の美しい加工やディテールに触れると、日々の身近なデザインの重要性を再認識させられる。もしもこの椅子が自分の部屋にあったら…。そんな楽しい空想をしながら、北欧デンマークで育まれたデザインの空間を体感してほしい。

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

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「フィン・ユールとデンマークの椅子」
開催美術館:東京都美術館
開催期間:2022年7月23日(土)〜2022年10月9日(日)

同館では、現在下記の展覧会も開催中
「ボストン美術館展 芸術×力」
開催美術館:東京都美術館
開催期間:2022年7月23日(土)〜2022年10月2日(日)

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